2−太気拳との出会い
(27歳〜39歳)
27歳の頃、少し腹ができてきたような気がして、格闘技を再開しようと考えた。ボクシングは、頭に衝撃を受けるので、生涯続けられそうな空手をやろうと考えた。どうせやるなら極真空手と思い支部に入門。
以後はずっと空手をやった。
平成8年9月(32歳)
オープントーナメント青森大会3位入賞、この時、K−1の小比類巻選手に勝ったこと
を記憶している。小比類巻選手は当時19歳で、キックボクシングを始めたばかりであ
った。極真青森の茶帯であり、上京から青森に帰ってきて優勝を狙っていたとのことで
あった。この頃の私の組み手は、ボクシングスタイルに蹴りがある程度できるといった
感じのものであり、今のように両足を使って自由に動けるものではなかった。
平成10年2月〜6月(33歳)
仕事のため川崎に。
ここで極真支部の出稽古に行った際、「立禅、這及び揺」といったことを習った。しかし、その形のみであって、それがどういう効果があり、どういう意識をもってやるのかは理解できなかった。「立禅、這及び揺」といった不思議な稽古法は、太気拳の稽古であることが分かり、以来、太気拳関連の本を読んだり、意拳の本を読んだりしたが、意味が理解できなかった。「練りもどき」や、「這もどき」をやってみたが、なんかしっくりいかず、直ぐに止めてしまった。以来、立禅を中核とするその不思議な稽古法には興味があり、本屋で太気や意拳関連の本を見かけたら買って読んだが、よく理解できなかった。
平成14年3月(37歳)
横須賀に異動、毎週土曜日は、出身大学のボクシング部に行き後輩の指導をしていた。
11月(38歳)全日本マスターズ(35歳〜42歳の部)に参加、52名中ベスト8
となる。この時に負けた相手が優勝したが、体重が120kgもあり、この体重差から
来る圧力は何ともしようがなかった。
これまで、11年間の空手の総括は、まず、力をつけること、相手を上回る体格を付ける努力をしていた。いわゆるパワー空手というものであり、ベンチプレス100kg
1回は最低挙げ、体重を80kg以上(極真に入った時は、75kgで筋肉を5kg増やした。)という具合に、数字的に分かるものは、全て相手以上にし、それから技術
云々というふうに考えていた。
この頃、ある本屋において、たまたま、太気拳戦闘理論(ビデオ)を買った。その理論の明快さとビデオからにじみ出る先生の人柄にあこがれた。そのビデオを見る前まで
、立禅からどのような力が引き出せるのかわからず、武術的に何か効果があるという印象でしかなかった。太気拳戦闘理論のビデオで先生から明らかに常識では図れない力
が出ているのが感じられ非常に興奮したことを覚えている。先生に直接便りを出すことは、恐れおおくできなかったため、当時の横須賀支部代表のAさんにメールを出し、太
気会の練習日程等の確認をした。太気会は会友員としてのスタートだった。
平成15年の5月(38歳)
初めて太気会のセミナーに参加した。
このセミナーで「立禅」、「這」及び「練り」を教わる。「立禅」でも体の各部に力が入っていたり、「這」や「練り」においても、「立禅」の諸条件を守りながら動こう
とすると直ぐに体のバランスを崩したりと他の練習生のようにスムーズに動くことができなかった。また、自分の動きが良いのか悪いのか自分で評価できなく、一人で練習
しても無駄だと悟り、セミナーの1週間後の6月(39歳)から正規に太気会の会員となった。
入会当初、太気会の横須賀支部があったため、毎週日曜日、ほぼ欠かさず練習に行った。
平成15年6月から9月までの3ヶ月は、這において、「まともに重心が左右の足に移っていない。」と先生からさんざん指導された。
先生からそのように言われたが、自分のどこが悪いかも自分で評価することはできなかった。やはり、できている人から見ないと、良いか悪いか評価できないと思う。自分
ができるようになって、初めて分かるものだ。それは、新入会員が先生から「這い」を教わり、歩く様を見ると、何処が悪いのか分かるところからも推察できる。
8月、最初の夏合宿で、先生から組手を促されたが、素手素面であり、這いすらまともにできないので、とてもじゃないけど組手はできないと思い断った。その後、先輩方
の素手素面の組手は、迫力があり、組手をやらなくて良かったなあと胸をなで下ろした。
実は、平成15年の2月、太気会に入る4ヶ月前に、私は、近視の矯正手術(レーシック)をしたため、目に衝撃を与えることのできない体になってしまった。手術した
当時、まさか素手素面で組手をするなんて考えておらず、極真空手は、顔面がないから大丈夫であろうと考えての手術であった。
太気会での組手において、自分の目を守るため、ヘッドギヤーとグローブを付けて組手をするしかなかった。他の会員は、素手素面で組手をするに関わらず、私は身体上の
都合から、ヘッドギヤーとグローブで組手をやらしていただいている。私は、そのことに対して、少し心苦しいのであるが、先生と他の会員の了解のもと、太気会の交流会
等に参加させてもらっている。
その年の6月から9月、先生からの指導で2つほど印象に残った事象がある。
1つは、先生の発力である。先生の発力で私は、5mほど木の葉のように吹き飛ばされたことを覚えている。
もう1つは、先生が立禅を組む形にして、私に「腕を押して見みろ。」と言って力一杯押しても動かなかった。先生が、「小鳥が止まっているようなもの。」と言ったこ
とが印象に残っている。
そして9月中旬、横浜の元住吉の稽古で練りを行った際、「やっと、歩けるようになったな。今日は記念すべき日だ。今日のことを一生忘れるなよ!」と先生に言われた
ことを覚えている。
また11月中旬頃、先生から「腕がはまってきたみたいだなあ。」と言って腕を押された時、自分も全く力を入れないで立禅の形の腕のままでいられ、まるで「小鳥が止
まっているようなもの。」ということを実感することができた。太気会に入って半年、初めて自分は変わったというのを実感できた時であった。
腕がはまってきたので、11月中旬から推手が始まった。推手を最初見たときは、ただ、手を回して踊っているようにしか見えなかった。手を軽く回しているように感じ
た。(実際に腕に力を入れないようにして回すため、力が見えない。)しかし、初めての推手で受けた圧力は、相手が真剣に力一杯押しているような感覚があった。
最初は、先生や先輩からの圧力で、毎回腰が痛くなった。この推手が終わった後の腰の痛さは約半年続いた。
そして12月、初めて太気の組手に参加する。初めてということもあり、初心者同士で組手をした。この時の組手は、ボクシングの延長みたいものであり、左半身の構え
が固定しており、ただ相手の攻撃を避けるだけに終始していたように思う。
平成16年
1月、今年の太気の目標を、「太気拳挑戦講座」(ビデオ)のある種の歩法ができることに決めた。その歩法は、片足で自分の重心を蹴って後進や横に移動するものであり、傍
目にはとても不思議に見える動きである。
2月、横須賀での組手練習が始まる。私だけの特別ルール(グローブ、私のみヘッドギヤー)でベテランのA氏、R氏及びH氏と組手を始める。ベテランは、明らかに手の
重みが違うことを実感する。この時の私は、組手をしたとき、直ぐに息が上がりゼロゼロ状態になってしまっていた。
3月(39歳)この頃、横須賀の練習場にミットを持って、打撃の練習等をしていた。私が軽く打っているのにミットを持った人から、「肋骨が折れるように重い。」と
聞き、立禅で腕がはまっているから、体の重みが相手に伝わるのかなあと感じたものでした。腕がはまった状態で殴るというのは、あたかも棍棒で人を殴ったのと同じ状
態であり、これは相手にかなりのダメージを与えると考える。
4月下旬、今年、目標にしていた歩法ができようになる。片足でしっかりと立てるようになってきたと実感する。今年の自分の目標を立禅状態での左右の早い動きに変える。
5月、この頃から、「練」において、動きながら左右の腕で打つ練習をするようになる。
止まってワン・ツーを打つのではなく、動きながらワン・ツー・スリー・フォー・・・・・・と切れることなく打っていくものである。
この頃、「太気拳挑戦講座」(ビデオ)にあるような、互いに向かいあって、片手は、相手の肘を持ち、もう片方の手で相手の胸を押して発力を出し合う練習を先生に付け
てもらった。しかし、うまくいかず、どうしたら先生のような発力が出るのか不思議に思ったものであった。それから2〜3ヶ月、毎回先生にそのような練習をつけてもら
い、徐々にコツらしいものがつかめてきた。
この練習で効果を出すには、片方の人に発力ができなければ、効果が少ない。
今、私が発力を出せるのも先生から発力を分けてもらったからではないかと感じている。
5月から7月の間、この頃、先生から「N、立禅の大切さは、いつから気づきだした。」という質問をされるようになる。この時立禅は、まだ、練習前の一種の儀式みたい
なものであって、早く他の弟子が動き始めないかなあ?自分だけ這いの練習をしたら、先輩に白い目で見られるかなあ?といった感じで、先生の言う立禅の大切というもの
を感じられていなかった。私は、立禅の大切さというものは認識していなかったが、とりあえず、意識で早さを作ったりするものと感じていた。
今でも思うことであるが、世の中で一番早いものは何か?という質問に対して、「人の意識」が一番速いと私は考える。光よりも人の意識の方が速いのである。この理由に
ついて、例えば、夜空に見えるアンドロメダ星雲に思いをはせた時、光の速度でも200万年かかるものが、意識では一瞬にそこに到達できるからである。
そして8月、この時の夏合宿で先生と初めて思い切り組手をした。
このビデオは、今でも時々見るが、先生の動き、特に上下が速すぎて、私の視界から何度も消えているのがよく分かる。(ビデオの中の私の目が泳いでいる。)先生は、
優しいので私の視界から先生が消えた状態では、攻撃してこなかったが、もしこの無防備状態で攻撃されていたらボコボコ状態であったと思っている。私は、ボクシング
や、空手をやってきて、相手が視界から居なくなるということは感じたことがなかった。
先生は、私と組手をする前に20名以上と1時間以上連続で組手をしていたが、まったく息切れしておらず、練りの延長で組手をされていたのは驚愕であった。私は、
先生との5分ほどの組手でゼロゼロ状態になっていた。
この夏合宿時、先生から、「もっと、歩幅を狭く、両膝で相手を見るように」や「止まらない、止まらない!止まらないで動きながら打つ!」ということを強調されて
いた。通常のボクシングや空手では、止まっての打ち合いとなるが、太気は動きながら攻撃である。
常人が考えたら、止まって地面からの反動で打たないと相手に力が十分に伝わらないと考えるが、太気の立禅を中心とした稽古で、この動きながら打つことでも相手に
相当のダメージを与えることができるようになる。
これが、今までの格闘技にない概念であり、太気拳の真骨頂であるのではないかと考えている。
先生からこの夏合宿のDVDをもらった時、「N、全然太気の動きになっていない。まだ、空手とボクシングの上に太気が乗ったものにしかなっていない。」と厳しい
評価をされてことを覚えている。